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長崎家庭裁判所 昭和33年(少イ)21号 判決

被告人 佐護憲昭

昭二・六・一〇生 貸席業

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実は、「被告人は、長崎県上県郡対馬町大字比田勝九百五十番地において、席貸業山静楼を経営していたものであるが、同家の従業婦A(昭和十五年五月十四日生)をして、昭和三十二年一月十六日頃より同年二月十四日頃までの間右山静楼において氏名不詳の男客を相手として一晩千円乃至二千円の対価で売淫をなさしめ、以て満十八歳に満たない児童に淫行をさせたものである」というのであつて、検察官は、右行為は児童福祉法第三十四条第一項第六号、第六十条第一項に該当すると主張する。

二、ところで、被告人の当公廷における供述、Aに対する司法警察員ならびに検察官の各供述調書、被告人の司法警察員ならびに副検事に対する各供述調書、筆頭者Bの戸籍抄本を綜合すると、次のような事実が認められる。

すなわち

(一)  被告人は、肩書住居地で、山静楼という屋号の席貸業を営んでいたが、昭和三十二年一月十五日福岡市在住の篠崎洗の仲介で、厳原市内の旅館においてAを自家従業婦として雇入れた。

(二)  Aは昭和十五年七月十四日生で、当時満十八歳に満たない児童であつたが、自己と同郷の知人である本籍福岡県浮羽郡浮羽町中鶴の矢野恵美子、昭和十二年九月十八日生と詐称して被告人方に雇われることを事前に前記仲介者と相謀つていたので、昭和三十二年一月十六日被告人方に到着するや、自己の氏名、生年月日、本籍を前記矢野恵美子のそれと詐称した。

(三)  そこで、被告人はAが偽名を用いていることを知らずに、その身元、年齢などを確認するため、前同日早速前記浮羽町役場の戸籍係に電話で問い合わせたところ、同女の申立てと全く符合することが判明したので、同女の年齢は満十八歳を超えているものと信じ、同日夜から前記山静楼で接客婦として働かせることにし爾来同年二月十四日頃までの間約四十名位の男客を相手に売淫をさせた。

そして、被告人は、前記二月十四日頃同女の前雇主が福岡市から同女を連れ戻しに来た際、同人から同女の本名、生年月日などを告げられ、初めて同女が前記偽名を使用していたことが判明した。

そこで、右認定の事実によると、被告人は右Aが満十八歳に満たない児童であることを知らないで、これを従業婦として雇つていたことが明かであるが、児童の年齢を知らないことにつき過失がある以上被告人が本件児童福祉法第三十四条第六号違反の責を免れないことは同法第六十条第三項但書の明定するところであるから、被告人が前記の点につき無過失かどうかを考察しなければならない。

同法第六十条第三項但書にいう児童の年齢を知らないことにつき、過失がないといえるためには、使用者が児童を雇入れる際、児童本人や仲介者などの自称する年齢を軽信せず、児童の戸籍謄本又は抄本などによつて生年月日を調査し、あるいは親許の照会をして年齢を確かめるとか、一般に確実性のある調査確認の方法を一応つくすことが必要と考えられる。

そこで、ひるがえつて本件の場合についてみると、被告人は前記Aを雇入れと同時に、本人自称の本籍地役場に電話で、本籍、氏名、生年月日を問い合わせて、その確認をえたのであるから、これによつて本件の場合なお正確な年齢を知りえなかつたとしても、それは右Aが巧みに偽名を用いたためにほかならず、被告人の調査不十分を責めるのは無理といわねばならない。

もつとも、被告人は同女を雇傭中男客より同女の年が足らないようなことを聞いたことがあるが、被告人は、その際同女に更めて年齢を確めたところ、雇入れ当時と同様の主張をしたことが被告人の前掲副検事に対する供述調書により認められるし、その他特に同女の年齢につき疑念をさしはさむような事情があつたことが認められない本件では被告人のなした前記調査は、その時期、方法において一応確実性ある年齢確認の措置をとつたものと認めることができる。

そうすると、被告人は、前記Aの年齢を知らないことにつき無過失というべきであるから、結局本件公訴事実は前記児童福祉法第六十条第三項但書の規定により罪とならないものというべきである。

よつて、刑事訴訟法第三百三十六条前段を適用して主文のように判決する。

(裁判官 斉藤平伍)

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